「タニシ」というのは私に付きまとっている幽霊の名前だ。
「取り憑いている」というと非常に語弊がある。
彼は私に対して別段恨みもつらみも何も無く、ただなんか個人的に付きまとっている。
「タニシ」はもちろんおそらく本名ではない。
おそらく、というのは、私も彼も、彼の本名を知らないのである。
修学旅行の帰り道にいつの間にかついてきた彼は、彼自身に関する記憶をほとんど持っていなかった。
そんな訳で私が適当に名前を付けた。
二秒で付けた。
切れ長の目をしたなかなかの男前に付いた名前がタニシ。
これはちょっとウケる。
まあ彼はウケてくれなかった訳だが。
とりあえず和服を着て帯刀している辺り、侍か何かなんだろうなあということは窺えるのだが

「リッちゃん」

ちょんまげを結ってる訳ではないし、ござる言葉で話す訳でもないし

「リッちゃんってば」

とても刀を振り回すようには見えない、ちょっと痩せ形でどことなく頼りない感じの体格だし

「ねーリッちゃん、聞いてる?」
「・・・うるさいなあ」
「昨日のドラマの最終話、どこに入れたの」
「それ」
「これ?」
「じゃなくて。8時59分開始の」
「ああ、これ。ありがとう」

じゃがりこ片手にHDDを操作してるし、私はただのコスプレマニアの現代人ではないかと思っている。
物を食べたり触って動かしたりできる辺り、幽霊であることも疑いたい所だが、一応空は飛ぶし壁をすり抜けることができるし、身体はなんだか半透明に透けている。
残念なことに幽霊だ。
そして彼は、私にしか見えない。
日頃「霊感が強い」と言いふらしている友人も、近所のお寺の坊さんも、ちょっと電車に乗った所に住むローカルな霊能者も、彼の気配すら察知できていない模様。
お経もお札も十字架もにんにくも効かなかった。
彼は常に私の身辺をちょろちょろしている。
あまりにも当たり前にそこにいるので、最近はとうとう諦めがついてきた。

「ねーリッちゃん」
「さっきからうるさいよタニシ」
「一緒に見ようよ、テレビ」
「テレビくらい一人で見ろよ」
「俺はリッちゃんと一緒に見たいの!リッちゃんと一緒がいいの!」

片手にじゃがりこ、片手にリモコンをしっかり握って甘えてくる。
タニシはミーハーで、軟派で、甘えたで、寂しがりやだ。
そこいらのコンビニでも買えそうな甘くて安い台詞を、さらりと簡単に、そのくせ私だけに向けてくる。
もっとも私意外の人間には彼の言葉は届かないので、向けようがないというのが本当かもしれないが。
尻尾を千切れんばかりに振る子犬のように、愛情剥き出しで体当たりしてくる。
どうにも私は、こいつに勝てない。

「はーいはいはい・・・」
「はい、ここ!リッちゃん、俺の隣!」
「・・・タニシさあ」
「何?」
「一応そんなナリしてるんだから、もっときちんと喋れないのか」
「きちんとって?」
「なんかこう・・・リッちゃん、じゃなくて、利津子殿、とか言ってみなよ」
「・・・」
「かたじけない、とか。ござるとか」
「・・・リッちゃん」
「何」
「時代はもう、二十一世紀だよ」
「侍の幽霊に言われたくないなあ」

タニシの手からリモコンを奪い、HDDの一時停止を解除する。
オープニングBGMが流れ、タニシが毎週欠かさず見ている(おかげで私も強制的に毎週見せられている)ドラマの最終話が幕を開ける。
タニシはじゃがりこをボリボリ囓りながら、食い入るような視線をテレビに向けている。
私はそんなタニシとテレビを交互に見つめて、なんて平和なんだろうと思う。

こんな生活はまあ、悪くはない。


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