「リッちゃん、チョコちょーだい」

目覚めたら目の前にタニシの顔があった。
添い寝をするように私の隣に寝転がって、今にもキスしてくるんじゃないかという程顔を寄せている。
とりあえず枕でぶっ飛ばしておいた。

「ひーどーいー!何するの!」

キャンキャン喚いてる彼の横っ面をはり倒してやれたらどれだけ気持ちよいだろうかと思う。
残念ながらそれは叶わない。
彼に触れることができるのは、「生命」を持たない「物質」だけなのだ。

「朝っぱらから近いなコンチクショー!」
「いきなりぶっ飛ばさなくてもいいじゃない!」
「黙れ変態!」
「ひどい!」

タニシは毛布(私のだ)を掴んでさめざめと泣き始めた。
この上なくウザイ。
タニシはミーハーで寂しがりやで構ってちゃんな幽霊だ。
取り憑いてる訳でもないのにひたすら私に付きまとい、構って欲しがる。
そして私はそんな彼をうざったく思いながらも、完全に突き放すことができない。
不毛な関係だ。

「チョコが何だって?」
「・・・チョコちょーだい」
「何で?」
「なんか、チョコ、もらえるんでしょ?俺」
「決定事項?」
「テレビで言ってたもん!今日は男がチョコをもらえる日だって!」

ああ、バレンタインか。
そういえばもう二月なのだ。
部屋のカレンダーは一月のまま捲られていない。
携帯の日付を確認してみる。
残念なことに二月の十四日だった。

「タニシ、チョコレートって何だか知ってるの?」
「知ってるよ。茶色くてトンカツじゃないヤツでしょ?」
「食べたこと無いんじゃないか」
「だから食べてみたいしー」
「あのね、バレンタイン、君には関係無いから」
「は?」
「アレは恋人同士のイベントなんですよ?」
「問題無いじゃん。俺、リッちゃん超愛してるもん」
「貴様には関係無いと言ったのが聞こえぬか」

手厳しい言葉を吐きながら、内心、少し動揺してしまった。
タニシが私に好意を持っているのは嫌という程知っていた。
が、さすがに「超愛してる」と来るとは思わなかった。
「懐く」とか「慕う」通り越して「愛」と来た。

「・・・リッちゃんは俺のこと、嫌いなの?」
「んー」
「嫌い?それとも愛してる?」
「何その究極の二択」

正直、私はタニシが嫌いではない。
たぶん好きだ。
しかしその感情はきっと、タニシが私に求めているそれとは違うように思う。
ひどく漠然とした、曖昧な物。
ここで安易に「好きだ」などと答えてしまっては、後々えらいこと後悔するように思う。
とりあえず

「要するに君は、チョコがもらえれば満足なんだな?」
「え!」
「よしわかった、後で買ってきて進ぜよう」
「手作りってヤツじゃないのー?」
「贅沢言うな!」

私は質問に答えることを拒否し、それを誤魔化した。
タニシは上手いことチョコに誤魔化されてくれた。
これでいい。
私はタニシとの間に確固とした「何か」、名前の付いた「絆」など欲しくないのだ。
曖昧で、漠然としていて、生温い平和。
誤魔化して、誤魔化して、誤魔化し続けて。
ずっとこれが続けばいいなと思う。

実に不毛な関係だ。


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20060211 煙草
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