だいたい私は夏というのが嫌いなのだ。
暑いしベタベタするしなんか匂うし。
何よりも「寝苦しい」というあの言葉がもう許せない。
冬はお布団にくるまってぬくぬくあー幸せ、ってなモンなのに、夏には「寝苦しい」という言葉、状態が存在するのだ。
快適な睡眠の追及は私の人生のテーマと言っても過言ではない。
安眠を阻害する要素全てが許せないのだ。
かといって冷房は嫌いだし、にっちもさっちもいかないとはこのことだ。
私は唸り声と共に、真っ暗闇の中で身を起こした。
手探りで電気の紐を引く。
チカチカとした刺激が目を襲う。
蛍光灯の光に慣れるか慣れないかで確認した時計は、午前二時を指していた。
いわゆる丑三つ時ってヤツだ。
ベッドに入ったのは午前一時ちょっと前。
私はかれこれ一時間程、ごろごろと寝返りをうっていたことになる。
不毛だ。
実に無駄な時間を過ごしてしまった。
窓を開けると、湿ってはいるが温度の低い空気が流れ込んでくる。
梅雨時はまだ夜中の気温が低いからマシな方だ。
これが盛夏となったら、窓を開けたところで入ってくる風も熱風だ。
私はどうやって生きていったらいいのだろう。
毎年、夏を迎える度に嘆く。

ベッドから離れたソファでは、タニシが安らかにお休みになっていた。
暑いとか寒いとか無縁の彼が心底憎い。
そして羨ましい。

以前は「リッちゃんの寝顔見てから寝る」とか馬鹿なことをほざいていたが、最近は「お肌は夜に作られる!」と、これまた大馬鹿なことをほざいて、日付が変わる前には就寝している。
お肌って何だ。
何のテレビに影響されたんだ。
そもそもタニシは眠いとか眠くないとか関係無いって言ってなかったか。
ノリだけで適当なことを言い、適当に行動する、いい加減が幽霊になったような男である。

「武器の類はお持ちでないので・・・」

もそもそと間の抜けた声が聞こえる。
タニシは寝言を言う。
めっちゃ言う。
幽霊が熟睡かましてる辺りから突っ込み所満載なのだが、とにかく彼は寝言が激しい。

「もう食べられない」なんてベタな物から、「えっ、それ片目でも見えるんだ!?」なんて詳細が気になる物まで、バリエーションは豊かである。
真夜中に「誰かいるっ!」とか絶叫された時は本気でビビった。
殺意が湧いた。

今夜のタニシは、どんな夢を見ているのだろう。
幽霊も夢を見るのだと、彼と暮らすようになって知った。
そもそも幽霊が寝ること自体初めて知った。
寝ることで彼は何を回復しているのだろう。

どんな夢だったのか聞いてみたりすることがある。
たいがい彼は覚えていないのだけれど、時折運良く覚えている夢の景色、それはタニシの生前の記憶なのだろう。
今の時代にはとても見られないようなのどかな風景、ゆったりと流れる時間、行き交う人々。
たどたどしく記憶を探りながらタニシは語る。
夢は全くの無音だったり、途切れ途切れに人の喋る声が聞こえたり、モノクロだったり、カラーだったり、様々である。
(ちなみに私の夢は生まれてこの方100%フルカラーである)

そして私は、その夢の風景に、嫉妬しているのだろう、きっと。
私の知らなかったタニシが、私の知らぬ名で、遠い昔、その風景の中で生きていたのだ。
その風景の中に私がいないことに、私は理不尽な感情を抱く。
そしてそのことに、自分でも少しだけ驚く。

「・・・トーコ」

タニシのくぐもった声が、どうやら人名らしい言葉を形作る。
ふと見やった彼の寝顔。
頬を涙が一筋伝っていた。
幽霊も夢を見て泣くのだ。
私はまた、新しい発見をする。

トーコって誰だ。
初めて聞いた。
なんで泣くんだ。
幽霊になってまで泣いて思い出すような、そんな大事な所にいるのか、その人は。

もやもやとした息苦しい感情が喉にへばりつき、剥がれ落ちてくれそうにない。
私のタニシに対するこの感情、この感情は、何だろう。
彼が求めてくるような、「恋愛」の情ではないだろう。
そうであるはずはない。
あってはいけない。

だって彼は幽霊なのだ。
私のことが大好きで、私にすごく優しくて、私をとても大切に想っていてくれる、けど、幽霊だ。
「幽霊だって恋したい!」なんて、三流ラブコメのキャッチコピーじゃあるまいし。
幽霊のくせに恋なんて。
幽霊。
・・・幽霊って何だろう。

人の肉体から抜け出した、魂。
意識。
心。

幽霊が恋をする。
心が恋をする。
それはもしかしたらとても自然で、ごく当たり前のことで、

でも、不毛だ。

タニシは私を慕ってくれる。
無条件で好きだと言ってくれる。
私はそれが嬉しい。
でも、それに応えることができない。
どうやっても応えることができない。
それが辛い。
苦しい。
だって彼は幽霊で、私は生者なのである。
触れることすらできやしない。

触れられなくても私を想うタニシと
触れられないからとタニシを拒む私と

ああ

不毛だ。

思考がループする。
「トーコ」と呼ぶ声、流れた涙、「リッちゃん」とタニシの声。
回るばかりでどこへも行き着くことのできない思考に悶々として、やがて夜が明けてゆく。


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20060624 煙草
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