その人は、白く、白く、清浄な眩い光の中にいた。
年恰好は俺とたいして変わらず、つまりどことなく幼い雰囲気が残っていて、けれどもう子供ではなく、まだ大人にもなっていなかった。
腰より長い髪は色素が全く入っておらず、傾きかけた陽の光を受けて、繊細に煌いている。
辺りは一面の桜吹雪、はらはら舞う花びらが白い髪を、頬を、優しく撫でてそっと落ちる。

「ごめん」

目が合ってまず、俺は言った。
桜吹雪の中に少女を見つけた、それが何故だか悪いことをしてしまったようで、覗き見でもしていたかのような居心地の悪い気分になって、謝罪の言葉が理由も無く口を突いて出た。

見返してくる瞳はどろりとした真っ暗闇に似た漆黒、血色の無いぽつんと小さな唇、陶磁器を思わせる透き通った肌。
指先で触れれば、一瞬で崩れ去るような刹那の美。
彼岸の美しさ。

さわさわと聞こえていた葉擦れの音が遠ざかり、耳鳴りのように実体を失い、耳元に軽く響いて消えた。
たぶん俺はその時にはもう、少女に恋をしていたのだと思う。
身体が痺れて、馬鹿みたいに動かなかった。

凛、と鈴の音。

「誰」

鈴の音と思ったそれは少女の唇からこぼれ出た声だった。
思考が真っ白に溶けていた俺は、それを咀嚼するのに随分と長い時間を要する。

「誰、なの」

鋭い鈴の音はあまりにもはっきりと問いかけの言葉を形作り、また一つ、凛と鳴る。

「私を、捕まえに来たの」

違う。
俺は首を振って否定する。

「そうね、見たことない人」

柔らかく草が踏みしだかれる音と共に、少女が少しだけ俺に近付く。

「私のこと、知らないのね」

俺は今度は肯定の形に首を振った。
少女がまた一歩、俺の傍に寄る。

「それならいいの」

鈴の音が少し柔らかくなった、ような気がした。
同時に俺は身体の痺れから解放されて、小さく息をつく。
さわさわと風の音が耳元に戻ってくる。
はらはら舞う花吹雪、白い花びら、甘い香り。
白衣に緋色の袴、所謂巫女装束の少女は、俺の胸の辺りの高さから真っ直ぐに俺の顔を見つめ、俺もまた少女の人形のような顔を見下ろしていた。

「誰かに追われているの」

今度は俺が問う番だった。

「たぶん」

少女は曖昧に答える。

「わからないけど、たぶん、キリオが探していると思う」

キリオ、という、おそらく人の名前を口にして、少女はため息をつく。

「見つかる前に帰らなきゃ」

伏せた長い睫毛は艶やかに黒い。
完璧な白と、完璧な黒。
それだけが少女を構築しているのだと、それはとても美しいことだと感じた。

「帰らなきゃ」

再度呟き、少女はふいっと俺に背を向けてしまった。
俺はそれを引き止めたいと思うが言葉が上手く出てこなくて、ただ唇を半開きのまま立ち尽くす。
一際大きく桜が舞う。
二人の間を薄紅色の帳が遮り、そして少女の姿が消えた頃

「名前、を」

俺はようやく言葉を紡ぎ出すことができた。

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20070418 煙草
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